仙台高等裁判所秋田支部 昭和37年(ナ)1号 判決 1963年8月26日
原告 渡部新右衛門 外一名
補助参加人 渡部養蔵
被告 秋田県選挙管理委員会
主文
昭和三十六年九月六日執行の秋田県南秋田郡八郎潟町議会議員一般選挙の当選の効力に関する訴願に対し被告が昭和三十七年二月九日なした裁決を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告ら訴訟代理人は主文同旨の判決を求めその請求の原因として次の通り述べた。
一、昭和三十六年九月六日秋田県南秋田郡八郎潟町議会議員の一般選挙が執行せられ原告両名は右選挙に於ける選挙人であつた。
二、同議会の議員定員は二十二名で右選挙の選挙会は別表選挙会決定欄記載の通り有効得票の多数順に畠山太郎以下小柳三代男迄二十一名の当選は直に決定したが最後の一名は候補者渡部養蔵、同伊藤貞信の各有効得票百二十四票、同藤井金栄百二十三票と決定したので同数の渡部養蔵、伊藤貞信間で抽籖した結果渡部養蔵の当選が決定した。
三、右決定に対し訴外伊藤幸二郎は昭和三十六年九月一六日南秋田郡八郎潟町選挙管理委員会(以下「町委員会」という)に当選の効力に関する異議の申立をなしたが同年十月七日町委員会は申立棄却の決定をなした。
右訴外人は之に対し秋田県選挙管理委員会(以下「被告委員会」又は「県委員会」という)に訴願したところ被告委員会は昭和三十七年二月九日別表裁決欄記載の通り有効得票を決定し
「昭和三十六年九月六日執行の一般選挙における当選の効力に関する異議申立について八郎潟町選挙管理委員会が同年十月七日なした棄却の決定はこれを取消す。
当選人渡部養蔵の当選はこれを無効とする。」
との裁決をなし昭和三十七年三月二日秋田県公報を以て告示した。
四、然し右裁決は次の通り投票の有効無効に関する判断を誤り渡部候補の有効得票を過少に算定して町委員会の決定を取消すに至つたものである。
(1) 候補者渡部養蔵の有効得票と認むべきもの。
被告は左記四票をいずれの候補者に投票されたものか確認不能として無効投票とした。
(イ) 「ハタヨ」 (写真番号<1>)
(ロ) 「ハダヨ」 ( 〃 <2>)
(ハ) 「」 ( 〃 <24>)
(ニ) 「」 ( 〃 <33>)
(イ)(ロ)の投票は選挙会に於ては渡部候補の有効投票と認められたのであるが被告は裁決に於て候補者中に畠山雄太郎がいるから一方的に「ハ」を「ワ」と解して渡部候補の有効投票とすべきではなく何れの候補者に投票されたか確認し難いとして無効投票と判断した。
然し乍ら旧仮名では「ワ」と発音される場合「ハ」と記されたことは「瓦」を「カハラ」、「河」を「カハ」、「廻る」を「マハル」、「詳しい」を「クハシイ」、「即ち」を「スナハチ」等と書き、更に助詞としては今日でも「私ハ」と書いて「私わ」と読まれているのが例であつて「ワ」と「ハ」は混同して使用せられている。
右投票はすべて片仮名を以て書かれ渡部候補の氏名を漢字で書けないような教育程度の低い選挙人が片仮名で「ワタ」と書くべきところを「ハタ」と書いたものであり、更に「ハダ」と記載されているのは「ハタ」と書くべきを東北地方一般に多い「タ」行の音を濁つて発音し又は書く慣習により「ハダ」と濁点を附したものである。
八郎潟町民の間には候補者渡部養蔵を表すに当りその氏と名の各頭文字を採つて「渡養」「ワタヨウ」「ワダヨウ」「ワタヨ」「ワダヨ」と呼び或は書くことは一般に知られ本件投票中にも「ワダヨ」「ワタヨ」と記載されたものが多数あつて現に裁決に於ても之を同候補の有効投票と認めているのである。(写真番号<30><31>参照)
裁決は候補者中に畠山雄太郎が居ることを重視する余り(イ)(ロ)の投票を何人に投票したか確認不能として無効としているが畠山候補の名は雄太郎であるから省略して氏名の各上部を採つたとしても「ハタユ」と書かねばならないのであつて「ユ」と「ヨ」は字型が似ているから「ユ」と書くべきを「ヨ」と書いたというのは不合理であつて「ユ」と書くべきを「コ」と記したというなら格別、明らかに「ヨ」と書かれた文字を「ユ」の書き誤りとするのは余りに字型の相違を無視したものである。
更に八郎潟地方では「ユ」と「ヨ」との発音の区別が明瞭でない事実があるという裁決の主張も事実に反する。
従つて(イ)(ロ)の投票は渡部候補の有効投票となすべきものである。
(ハ) 「」と記載された投票。
この投票は選挙会の決定及び本件裁決共いずれの候補者の氏名を記載したものか確認できないとの理由で無効投票とせられた。
然しこの投票の記載は極めて稚拙な筆致で書かれているので教育程度の低い選挙人がおずおずと鉛筆を運び「ワタヨ」と書いたものと判読することが出来る。すなわち第一字は「ク」に似てはいるが横の劃が縦の劃に比して長いから「ワ」と認めるのが相当で第二字は一見「サ」とも見えるが縦の長い劃が上方に抜けていない点から考えて「タ」でありまた第三字も横の劃三つのみで縦の劃を欠いている様に見えるが第三劃の右側が上方にはね上つていることから見て「ヨ」と判読出来る。文字を書くことに習熟しない選挙人が第一字の字型を整えることができず第二字の「ヽ」を忘れ第三字も字型が不備に終つたものと解することが出来る。
八郎潟町民が一般に渡部候補を表するに「ワタヨ」を以てしていることは前述の通りで従つて本票は渡部候補の有効投票と認むべきものである。
(ニ) 「」と記載された投票。
この投票は選挙会に於て畠山雄太郎候補の有効投票と認められたが本裁決に於ては「ワタヨ」の呼称を有する渡部候補と「ハタユ」の呼称を有する畠山候補のいずれに投票されたものか確認不能なりとして無効投票と判断せられた。
然し、この投票を精細に検討すると第一字は「ハ」でなく「ワ」であり第二字は明白に「タ」で第三字は「ユ」であるから「ワタユ」なる氏名又は類似する氏名を有する候補者を探すと既に「ワタユ」と読む以上畠山雄太郎はこの記載に該当せず渡部養蔵が「ワタヨ」なる呼称を有する点から最も之に近い。渡部の呼称のうち氏に相当する「ワタ」の記載がある以上名に相当する部分の誤記は重視すべきでない。他人同志の間では氏を以て呼ぶのが通例であるからであつて教育程度の低い仮名文字さえ十分に書けない選挙人がたどたどしい運筆で「ワタヨ」と記載せんとして字型の類似しているところから「ヨ」を「ユ」と書き誤つたものと認むべくこれ亦渡部候補の有効得票であるというべきで以上の四票を加えると渡部候補の有効得票は合計百二十六票となるのである。
(2) 候補者伊藤貞信の有効得票と認められたもののうち無効投票たるべきもの。
(イ) 「イテイ」又は「イテー」と記載された投票四票。(写真番号<3><4><5><18>)
この投票は選挙会の決定及び本件裁決に於て伊藤候補の有効投票とせられた。
然し伊藤貞信候補の氏名又は之に準ずるものを書いたものとするのは無理である。
渡部候補の氏名の各頭文字「渡養」又は仮名文字で「ワタヨ」「ワダヨ」とするのは氏名との関連が密接で一読一聞直に渡部候補を指称することが判明するし八郎潟町の住民一般に認められているから氏名に準ずるものと認めるのが当然であるが「イテイ」「イテー」の記載は伊藤候補の氏名と縁遠く八郎潟町に於て同候補を「イテイ」「イテー」と呼び或は書く者がいないから右四票は無効投票たるべきものである。
(ロ) 「イテ」と記載された投票七票。
選挙会の決定、裁決共に伊藤候補の有効得票となした。
然しこの記載は同候補の氏名との関連が極めて薄い。即渡部候補の「ワタヨ」「ワダヨ」はその氏の上部二音と名の一音と一致するからその氏名との関連が密接で渡部候補の氏のうち特定するに足る重要部分をとつているが伊藤候補の場合氏の上部一音「イ」と名の上部一音「テ」と合致するのみで「イ」は同候補を特定するだけの効用なく「テ」と結合しても特定出来ない。伊藤候補が本件選挙に際し伊藤貞信と記載しこれに「イテ」と附記したポスター類を使用したと仮定してもこれを以て直に「イテ」が同候補の氏名に準ずるものとは認められないから伊藤候補に投票せんとする意思を確認せしめるに足らず無効投票たるべきものである。
(ハ) 「テシ」「テンシ」「」と記載された投票五票。(写真番号<6><7><8><9><10>)
右は選挙会の決定及び裁決共に伊藤貞信候補の有効投票と認めた。
然し「テシ」と記載された三票は同候補の名「テイシン」の第一字、第三字をとつたものと見るとしても語感の上から更に文字の上から同候補の名を書いたものとは認められない。「テンシ」と記載した一票は同候補の名のうち第一字第三字をとつたものと見ることが出来てもその中間に「ン」なる一字を入れているので語感上、文字上「テイシン」とは全く異なつたものとなり同候補の名を書いたものとは認められない。「」と記載された一票は第一字第二字は同候補の「貞」第一字に一致するがその下に全く関係のない「」なる一字を附加しているため同候補の名を書いたものとは認め難いばかりか「」は他事記載で無効である。
従つて右五票も無効投票である。
(ニ) 「」と記載された投票一票。(写真番号<25>)
右は選挙会では無効とせられたが裁決は伊藤貞信候補の有効投票と判断した。
然しこの投票は鮮明に「イニイ」と記載せられ曖昧の点なく選挙人が「イテイ」と書くべきを「イニイ」と誤記したと認めるのは無理である。
運筆、配列、或は欄外記載の点から見ても無学文盲に近いとは認められず仮に「イテイ」の誤記としても「イテイ」自体伊藤候補の氏名を書いたとなし難いこと前述の通りであるからこの投票も無効である。
(ホ) 「」と記載した投票一票。(写真番号<26>)
選挙会は無効としたが裁決は伊藤候補の有効得票に数えた。この投票の記載は文字の体をなさず上部の記載は「テ」に非して横劃「一」の下に「ア」を記載し、下部の記載は「シ」に似ているが明白でない。
従つてこの記載は伊藤候補の氏名と全く関係のないもので候補者の何人を記載したか確認し難いから無効投票である。
従つて伊藤候補の得票は本件裁決判断より右十八票を減少すべきものであるから同候補の有効得票は合計百八票である。
(3) 候補者藤井金栄の有効得票と認められたもののうち無効投票となるべきもの。
(イ) 「」と記載された投票一票。(写真番号<28>)
選挙会は無効と決定したが裁決は藤井金栄候補の有効投票となした。
然し第一字を「金」と判読することは困難で第二字に至つては「栄」を書かんとしてその字型が整わなかつたものではなく文字の体をなしていない。
候補者中には
山内金次郎
斎藤金治
小熊金之丞
藤井金栄
の四名がある以上前記投票の記載がこれ等候補者のいずれの名に近似するか俄に判定は困難であり第二字が字体をなしていない以上之を穿鑒するのは無意味であつて何人を記載したか確認し難いものとして無効とすべきものである。
(ロ) 「」と記載された投票一票。(写真番号<27>)
選挙会では無効と決定したが裁決は藤井候補の有効投票と判断した。
この記載は第一字が「キ」であることは明らかであるが第二字は「ツ」又は「シ」で裁決の様に「ン」と読むことは右記載を無視するもので第二字には点が二個横に並んでいること明らかである。第三字は「人」又は「ト」で原裁決の様に「キンイ」と判読することは出来ず何人に投票したか確認し得ないものとして無効である。
(ハ) 「」と記載された投票一票。(写真番号<29>)
選挙会では無効と決定し本件裁決は藤井候補の有効投票と判断した。
この記載は全体として判読困難で第一字は「ふ」とも「小」とも見られ第二字は「ぐ」とも「だ」の略字「ゞ」とも読め第三字は「と」第四、五字は「きん」と読める。
裁決はこれを「ふじきん」と読んでいるが然らば第三字は他事記載となり投票を無効ならしめるものというべく他事記載ある場合には選挙人が特定候補者に投票せんとする意思が明白であつても投票は無効となる。
更にこの記載を「小ぐときん」と読めば候補者小熊金之丞の氏名を書かんとして「ま」の字が書けず誤つて「と」に類する字を書いて同候補の名の頭字「きん」をつけたものとも解せられるし第三字を「ま」の誤記と認め難いとしても本件裁決の論法を以てすれば小熊候補の氏名の各一部を記載したものとして同候補の有効投票としなければなるまい。
(ニ) 「」と記載した投票一票。(写真番号<19>)
この投票は選挙会の決定も裁決も藤井候補の有効投票と認めている。
然しこの記載は第一、二字が「藤井」であることは認め得るがこのように漢字で「藤井」と記載し得る選挙人がその名「金栄」を書けない筈はないし仮に右文字を忘れたとしても仮名を以て「きんえい」と書くことも出来た筈である。
「」の記載は他事記載として投票を無効ならしめるものというべきで裁決の様に「きえ」の誤記と見るためには「きんえい」と記載せんとしたものと解すべきところ「きんえい」と「きえ」は大きな違いがあつて同候補の有効投票と見るのは困難である。
(ホ) 「」と記載された投票一票。(写真番号<21>)
選挙会の決定も本件裁決も藤井候補の有効得票と判断した。
この投票の第一字は「フ」第二字は「ツ」第三字は「ヱ」であつて第二字は「ヅ」でも「ジ」でもない。この記載は第三字の鮮かな力強い運筆から見て選挙人は第二字を誤記したものではなく始から「ツ」と書いたもので候補者のうち誰の氏名を記載したか確認出来ないから無効たるべきものである。
(ヘ) 「」と記載された投票一票。(写真番号<27>)
選挙会に於ては無効投票とされたが裁決は藤井候補の有効得票と判断した。
この投票は判読困難であるから無効投票とすべきものである。
(次記三票は当裁判所の検証期日に原告に於て無効投票と主張し第三回口頭弁論期日に検証結果を採用主張されたもの)
(ト) 「キンイ」と記載された投票一票。(写真番号<20>)
(チ) 「」と記載された投票一票。(写真番号<22>)
(リ) 「」と記載された投票一票。(写真番号<23>)
右三票は選挙会、裁決のいずれも藤井候補の有効得票としたが判読不能で何人を記載したか判読不能で無効投票でなければならない。
従つて藤井候補の有効得票は本件裁決の判断より更に減少して合計百二十一票(百十七票の計算上の誤記と認められる)となるべきものである。
五、結論
以上の説明によつて三候補者の有効得票を計算すると
候補者 渡部養蔵 百二十六票
同 伊藤貞信 百 八票
同 藤井金栄 百二十一票
(百十七票の計算上の誤記と認められる)
となるから渡部養蔵候補が当然当選者となるべきものであつて本件裁決は取消を免れない。
(証拠省略)
被告訴訟代理人は原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする、との判決を求め、請求原因に対する答弁として
請求原因第一乃至三項記載の事実、第四項中原告主張の如き各投票のあつた事実は認めるがその余の事実と原告の意見は認めない。
被告委員会のなした裁決は相当であつて原告の本訴は理由がない。
と述べ更に被告の主張として次の通り述べた。
一、渡部候補の有効得票と原告が主張する無効投票について。
(1) 「ハタヨ」「ハダヨ」の二票。(写真番号<1><2>)
候補者中には畠山雄太郎があつて同人の有効得票には「ハタユ」と記載されたもの四一票、「ハダユ」と記載されたもの一票がある。
秋田県に於ては「ユ」と「ヨ」の発音が明瞭を欠き「ユ」を訛つて「ヨ」と発音する人もある。従つて「ハタヨ」「ハダヨ」は「ハタユ」を「ハタヨ」と発音し「ユ」と書くつもりで「ヨ」と誤記したとも言えるので渡部養蔵と畠山雄太郎の何れに投票したものか確認することが出来ないので無効と判定したのである。選挙会が畠山雄太郎候補の有効投票とした「ワタユ」(写真番号<33>)を被告委員会が無効としたのも同一理由からである。
(2) 無効投票中原告が渡部候補の有効投票と主張するもの。
「」(写真番号<24>)
無筆の者が記載したものと認められ第一字は「ワ」と読めないこともないがその他は体をなしていない。候補者中には「鎌田」「松田」「小玉」「小熊」等があり之等の者が夫れ夫れの名を誤記したものと主張すればどの様にも解し得られるから結局判読不能という外ない。
二、伊藤貞信の有効投票中原告が無効と主張するもの。
(1) 選挙会、被告裁決共に有効としたもの。
(イ) 「イテイ」(写真番号<3>乃至<5>)
(ロ) 「テ シ」(〃 <6>乃至<8>)
(ハ) 「テンシ」(〃 <9>)
(ニ) 「」(写真番号<10>)
(ホ) 「イ テ」(写真番号<11>乃至<17>)
(ヘ) 「イテー」(〃 <18>)
地方により氏の第一字と名の第一字を接続して略称するのがならわしになつている。渡部養蔵の有効票中「ワタヨ」票が多数あることがその例証である。この用例は従つて(イ)「イテイ」(ホ)「イテ」(ヘ)「イテー」を判読すれば伊藤貞信の略称「伊貞」に該当すること明らかであるし候補者中他に該当する者がいない。検証の結果明白である通り伊藤候補はその使用した選挙ポスターの自己の氏名の右側に「イトウテイシン」と振仮名し左側に「イテ」と書いている。「イテ」「イテー」は勿論これに従つたもので同候補の有効投票であることは疑問の余地がない。
(ロ) 「テシ」(ハ)「テンシ」(ニ)「テイシ」はすべて「貞信」と読むべきである。(写真<32>参照)
(2) 選挙会が無効としたものを被告の裁決により伊藤候補の投票とされたもの。
(ト) 「」(写真番号<25>)
(チ) 「」(〃 <26>)
(リ) 「」は「イテイ」の誤記と認められ他に之に該当する氏名の候補者はいない。無学無筆の人が「テ」の一劃を脱したものと認めるのが相当である。現に「」(写真番号<35>)は北島義則の得票と判読されている。
「」は稚拙ではあるが「テシ」と判読出来るから被告の裁決は正当である。
三、藤井金栄候補の有効投票中原告が無効と主張するもの。
(1) 選挙会、被告裁決共に有効としたもの。
(イ) 「」 (写真番号<19>)
(ロ) 「」 (写真番号<20>)
(ハ) 「」 (〃 <21>)
(ニ) 「」 (〃 <22>)
(ホ) 「」 (写真番号<23>)
(イ) は「藤井きい」と書いたもので「きい」は「きんえい」を訛り縮めて書いたもの。
(ロ) の「キンイ」は「キンエイ」の「エイ」を「イ」に縮めたもの。
(ハ) の「フツヱ」は「フジヱ」を当地で一般に「ふづえ」と発音する人が多いので発音通りに記入したもの。
(ニ) は「キンエ」と書こうと努力したことが認められ「キンエ」は勿論「金栄」と解すべきものであるし、
(ホ) は「フジイキエイ」で藤井候補者を指すこと明らかである。
従つて之等の投票は藤井金栄の有効投票である。
(2) 選挙会が無効としたものを被告が裁決により藤井候補の投票と認めたもの。
(ヘ) 「」(写真番号<27>)
(ヘ) は「キンイ」又は「キント」の何れかと読まれるが候補者中「キント」に該当する者がいないし「キンイ」は藤井候補の有効票前記(ロ)と同じであるからその有効投票と認むべきである。
(ト) 「」(写真番号<28>)
(ト) は「金栄」に最も近いので藤井の得票とすべく。
(チ) 「」(写真番号<29>)
(チ) は「ふじいきん」と書かんとして「い」を誤記したものと認めるのが相当である。
「ふじ」と「きん」が明らかである以上藤井金栄の得票とすべきは当然である。
以上により明らかな通り伊藤貞信、藤井金栄各百二十六票、渡部養蔵百二十二票となるから被告委員会のなした裁決は正当であつて原告の本訴は理由がない。
(証拠省略)
理由
第一、当事者間に争のない事実。
昭和三十六年九月六日南秋田郡八郎潟町議会議員の一般選挙が執行せられ原告両名は右選挙における選挙人であつたこと、同議会の議員定員は二十二名で右選挙の選挙会は別表選挙会決定欄記載の通り有効得票の多数順に従い畠山太郎以下小柳三代男迄二十一名の当選は直に決定したが最後の一名は候補者渡部養蔵、同伊藤貞信の有効得票各百二十四票候補者藤井金栄の有効得票百二十三票と決定したので候補者渡部養蔵、伊藤貞信両者の間で抽籖を行い渡部候補が当選と決定されたこと、右決定に対し訴外伊藤幸二郎は南秋田郡八郎潟町選挙管理委員会に対し昭和三十六年九月十八日当選の効力に関する異議申立を行つたが同委員会は棄却の決定をなしたこと、右訴外人は之に対し被告秋田県選挙管理委員会に訴願したところ被告委員会は昭和三十七年二月九日別表裁決欄記載の通り有効得票を決定し
「昭和三十六年九月六日執行の一般選挙における当選の効力に関する異議申立について八郎潟町選挙管理委員会が同年十月七日なした棄却の決定はこれを取消す。
当選人渡部養蔵の当選はこれを無効とする」
旨の裁決をなし昭和三十七年三月二日秋田県公報を以て告示したこと、右選挙の投票中原告が主張する通りの記載がある投票が存することは当事者間に争がない。
第二、原告は本件裁決は渡部候補に対する有効投票四票を無効とし、伊藤候補の無効投票十八票を有効とし、藤井候補の無効投票五票を有効とし以て投票の効力に関する判断を誤つた結果原告の有効得票を過少に算定し渡部候補の当選を無効とする誤を犯したと主張し被告は之を争うので以下その当否を検討する。
(但し本件は順位二十一番迄の当選者と順位二十五番の落選者の投票については争われていないのでこれ等の投票については触れないことにする)
争ある疑問票に対する当裁判所の判断は次の通りである。
(一) 候補者渡部養蔵関係。
右候補者に対する有効投票中「ワタヨ」「ワダヨ」と記載せられたものが多数存在したことは当事者間に争がない。
而して証人小玉祐一郎、同渡部二郎、同渡部弁之助等の証言によると秋田県八郎潟町、一日市附近に於て人の呼称として氏の上一字、名の上一字を結合させて略称することが屡々あつて「渡部養蔵」は「渡養」「ワタヨー」或は濁つて「ワダヨー」つまつて「ワタヨ」「ワダヨ」と呼称されていることが認められる。
(1) 「ハタヨ」
(2) 「ハダヨ」
と記載された投票が各一票存することは受命判事の検証調書の記載により明らかなところ原告は旧仮名に於て「ワ」と「ハ」は同じく「ワ」と読まれ現在尚助詞その他に「ハ」は「ワ」と同じ発音を以つて使用されているから(1)(2)は正に渡部の略称「ワタヨ」「ワダヨ」と同一であつて同候補の得票であるといい被告は候補者に畠山雄太郎が居つて同人の有効票に「ハタユ」とする票が四十一、「ハダユ」一票があり「ユ」と「ヨ」は秋田県に於ては発音が明瞭に区別出来ない人もあり「ユ」と書こうとして「ヨ」と誤記したとも言えるから何れに投票したか確認出来ないと争うので考えるに
曩に国語審議会は当用漢字、封鎖漢字等の制約を設け次で新仮名と称する言葉遣いを考え国語の統一と簡素化を企て当局亦之を支持して法制化が行われ新仮名を以て国語の指導統一を行つていることは明らかな事実であるけれ共文字、言葉というものは長年月の歴史と沿革があり民族と共に生長発展し来つたもので今日尚各地方に方言が厳存日常通用している如く俄に新仮名遣いなどを考え出して指導や法によつて規制し様としても到底長い流れを背景とする国民の言葉遣いまで制御出来る筈がない。従つて国民の間では旧仮名も依然多く使用されていることはこれ亦明らかな事実であつて渡部は如何なる言葉遣いでも「ワタナベ」であるが教養なき年配者の中には「ワ」と「ハ」の区別がつかず「ハタナベ」と書いて「ワタナベ」と読むことは有り得ることで要は第三字の「ヨ」が「ユ」の誤記か否によつて畠山雄太郎の票か渡部養蔵の票かを決める外ない。
証人中野谷辰雄、同伊藤幸二郎の証言によると秋田県地方では「ユ」と「ヨ」の発音にやゝ類似点があることが認められるけれ共その発音の差も証人渡部弁之助の証言によれば「ユウベ(昨夜、夕)」を「ユンベ」と訛る程度であると認められ更に検証調書に添付された<1><2>の写真に顕出されている「」「」の各運筆は一応或程度文字を解する者の記載と認めることが出来るから仮令「ワ」と「ハ」の誤記はあつても「ヨ」と「ユ」を誤記したとは認められないから右の二票は「ワタヨ」「ワダヨ」と記載する意図を以て書かれたものと認めるを相当とし従つて渡部候補の有効得票である。
(3) 「」と記載された一票。
原告は第一字は「ク」にも似ているが横の劃が縦の劃に比して長いから「ワ」で、第二字は「サ」とも見えるが縦の長劃が上方に抜けていない点から考えて「タ」であり第三字も横劃三つで縦劃がない様に見えるが第三劃の右側が上方にはね上つているから「ヨ」と判読出来ると主張し被告は第一字は「ワ」と読めないこともないがその他は体をなしていないから判読不能という外ないと主張する。
まことに稚拙な運筆である。然しこの記載は飽くまで文字であつて他事記載したものでもなく候補者の氏名を記載したものであることは検証調書によつて認められるから選挙人の意思を判読すると第一字は「ワ」である、第二字は「サ」「タ」「ナ」の三様に読める。即「サ」の縦劃の長い部分を上に抜かざりし誤、「タ」の運筆が拙く開部が多開して中の点が上に上り過ぎたもの、「ナ」の字の縦線を引き損じて右を書き加えたもの、第三字は原告は横第三劃の右側がはね上つているから「ヨ」であると主張するが「ヨ」とは如何にしても読めないばかりでなく第三劃が中央やゝ左寄りで屈折し上の一、二線が遥に第三線より短いところから見て之は明らかに「ベ」であつてそれ以外に読むことは出来ない。そうするとこの記載は「ワサベ」「ワタベ」「ワナベ」の何れかであるが更に仔細に検討すると「」の字は「サ」としても「ナ」としても誤字であるのに「タ」として之を見ると字劃にも運筆上も誤はなくただ「」の上下の開放部が開き過ぎているのと「ヽ」がやゝ上部に過ぎた稚拙さがあるだけであるから「ワタベ」と書いたものと認めるのが相当である。
成立に争のない乙第一号証によると候補者中之に該るものは渡部のみであつて渡部は「ワタベ」「ワタリベ」「ワタナベ」の三通りに読めるから「ワタベ」は正に渡部養蔵候補の有効得票と見なければならない。
(4) 「」と記載された一票。
原告は第一字は明らかに「ワ」で第二字に「タ」があり既に渡部の呼称たる氏に当る「ワタ」の記載がある以上名に相当する部分の誤記は重視すべきではない。教育程度の低い選挙人が「ワタヨ」と記載しようとして字劃の似ている「ヨ」を「ユ」と書き誤つたものと認むべきであると主張する。
然し第一字の「」は果して「ワ」であらうか成る程その縦劃二線を結ぶ横線があつて上部は連つているけれども運筆と形態から「ハ」と読めないこともない。旧仮名の関係から「ハ」を「ワ」と読んでもその逆に「ワ」を「ハ」と読むことはないけれ共教養乏しき選挙人の中には「ワ」と「ハ」の使いわけは困難で混同している者のない事を保し難いばかりでなく「ヨ」と「ユ」は原告主張とは反対に字劃、形体共に明らかな差があるからその誤記であるという主張に俄に左袒することは出来ない。して見れば本票は「ワタユ」又は「ハタユ」であつて既に候補者に畠山雄太郎ヽヽ略称畠雄(ハタユウ、ハタユ)の存在する以上「ハタユ」なら畠山雄太郎の有効得票であり「ワタユ」と解すればその何れに投票したか確認不能であるから無効投票であると解すべく何れにせよ渡部養蔵の有効得票とすることを得ない。
(二) 候補者伊藤貞信関係。
(1) 「イテイ」「イテー」と夫々記載された四票。
(2) 「イ テ」と記載された七票。
原告は伊藤貞信を「イテイ」「イテー」と呼び或は書く者はいない。「イテ」に至つては氏と名の各上部一音をとつたのみで渡部候補の「ワタヨ」「ワダヨ」の如き氏名と密接な関連性がないと主張する。
然し伊藤貞信の氏名各上一字をとると「伊貞」で「イテイ」と読むのが当然で(イテーも同じ)検証調書によれば同人は選挙ポスターに「イテ」と略称を記載していたことが認められ更に伊藤幸二郎の証言によると同候補は平常伊貞(イテイ、イテ)と呼称されていた事実が認められる。右認定に反する証人小玉祐一郎、同渡部二郎、同渡部弁之助の証言部分は前記証拠に照し信用し難く甲第一号証を以てしても未だ右認定を覆すに足らず、他に原告主張を採用するに足る資料がない。従つて右各票は伊藤候補の有効得票である。
(3) 「テシ」と記載された三票。
原告は伊藤候補の貞信(テイシン)の第一字、第三字をとつたと見ても語感上、文字上同候補の名を書いたものとは認められないと主張する。
然し証人小玉祐一郎、同渡部弁之助、同伊藤幸二郎の各一部証言を綜合すると八郎潟町附近では一般的に氏名の各上部一字或は名の各字の一音をとつて呼称する習慣が存在することを認め得るばかりでなく「テイシン」を更に省略し貞と信の各上部一音をとると「テシ」となり其の語感は「テイシン」を連想させるものを有しまことに言い得て妙である。蓋し「テイシン」の「イ」と「ン」の語音が夫々「テ」と「シ」に包蔵せられているからであらうと考えられる。
更に乙第一号証により全候補者の氏名を検討しても「テシ」に相応する氏又は名を持つ者はいない。
従つて「テシ」は「テイシン」即伊藤候補の有効得票と認むべきである。
(4) 「テンシ」と記載された一票。
原告は伊藤候補の名の第一字、第三字をとつたものとしてもその中間に「ン」なる一字を入れているので語感上、文字上「テイシン」とは全く異つたものとなつているから同候補の名を書いたものと認め難いと主張する。
検証調書によると伊藤候補の有効投票中に「伊藤貞信(テンシン)」(写真番号<32>)として名に振仮名を付した投票があることが認められ「テイシン」は「テンシン」とも呼称されていることが推認出来るし前示「テシ」を訛つて「テンシ」と書いたとも考えられ従つて「ン」の文字は他事記入とも認められず是亦伊藤貞信の外に右に該当する候補者の氏名がないので同候補の有効得票と認むべきである。
(5) 「」と記載された一票。
原告は第一、二字は伊藤候補の名「貞」に一致するけれ共その下に全く関係のない「ツ」という一字が附加されているので同候補の名を書いたとは認められず「ツ」は他事記載で無効であると主張する。
本票は原告主張の様に第三字の運筆から見ると「テイツ」とも読める。
然し乙第一号証により全候補者中「テイ」又は「イツ」(東北訛によるイチを含め)の呼称又は音を有する名を探して見ると
(イ)、石川定雄
(ロ)、斎藤久一
(ハ)、小野正一
(ニ)、小玉喜市
(ホ)、伊藤貞信
の五名であるが(イ)は「テイ」の音はあつてもこの場合は「サダヲ」であり、(ロ)は「キウイチ」(又はヒサイチヽヽヽイツ)」で、(ハ)は「セウ(シヨウ)イチ(イツ)」、(ニ)は「キイチ(イツ)」と読む外なく独り(ホ)のみ「テイシン」と読まれ一番近い語音である。
しかも教養低き者の間では運筆などは必ずしも法に従つて行われていないことは当裁判所に顕著なところであつて「シ」を書く場合でもその三筆目を必ずしも下から上にはねず上から下に書き下し更に上下たるべき二点を併列的に記す場合もあるのであつてこの様な文字は「ツ」に類するけれ共書いた当人は「シ」の意思で書いているのであるから右事実を勘案すると本票は「テイシ」と判読することが出来右は即ち前示「テシ」と同じく候補者「テイシン」と書くべきところを縮めて「テイシ」と書いたもので投票者は伊藤候補に一票を投じたものと認めるのが相当であるから是亦同候補の有効得票である。
(6) 「」と記載された一票。
選挙会で無効と決定した票を被告委員会は「イテイ」の誤記で無学無筆の者が「テ」の縦の一劃「ノ」を脱したものと認められ他に之に該当する氏名の候補者がいないので「イテイ」の誤記と認め有効投票したと主張し原告は文字に曖昧さがなくその運筆配列欄外記載等からも無学文盲に近い人とは認められないと争うので考えるに検証調書によると本票は投票用紙の上下を誤まり反対側から然も氏名欄の欄外に右三字が記載せられていること自体から原告の主張に拘らず反対に被告主張の通り無学文盲の選挙人の記載と推認されるのであるが相当の運筆で力強く「イニイ」と記載せられている。
然し一方候補者の氏名について類似者或は「イ」の頭文字を有する者を挙げると
(イ) 石川定雄
(ロ) 伊藤貞信
(ハ) 伊藤銀之助
の三名があり被告の様に第二字の「ニ」は「ノ」の書き落しだというなら同じく「石」の「シ」の「ノ」の書き落しと言えないこともない。(被告は右書き落しの例示として本件選挙で「」(検証調書写真番号<35>)を北島義則の有効得票と判読したことを挙げているが候補者中に(イ)小野巖、(ロ)小野正一、(ハ)小野久米之助の三名の小野姓の者がいるのに斯の如き判定は不相当という外ない)従つて本票は何人に投票したか確認出来ないと認めるのが適当であつて無効票といわなければならない。
(7) 「」と記載された一票。
原告は上の一字は「テ」ではなく「一」の下に「ア」を記載し下の字は「シ」に似ているが明らかでないから何人に投票したのか確認し難い無効票であると主張する。
然し本票は文字頗る稚拙ではあるけれ共「テシ」と判読可能であり「テシ」が伊藤候補を指称するものであることは前述の通りであるから伊藤候補の有効得票である。
(三) 候補者藤井金栄関係。
(1) 「」と記載した一票。
原告は漢字で「藤井」と記載し得る選挙人がその名「金栄」を書けぬ筈なく仮に右文字を忘れたとしても仮名で「きんえい」と書くことが出来た筈である。然るに「」と記載したので他事記載として無効票とすべきであると主張する。本票は「藤井きい」と読めるのであるが氏の漢字を書く者は名の漢字を書ける筈で少くも仮名で「きんえい」と書ける筈なのに「」と記したのは他事記載であるとする原告の主張は単なる原告の推測に過ぎず「きい」はその名「きんえい」の上下の一字を訛り縮めて書いたと認めるのが相当で原告の主張する様な他事記載ではない。
(2) 「」と記載した一票。
(3) 「」と記載した一票。
(4) 「」と記載した一票。
(2)の「キンイ」は藤井候補の名金栄「キンエイ」を訛り且縮めたものと判読可能であり、
(3)の「」は運筆まことに拙いがこの選挙人は検証調書添付の写真によれば投票用紙を逆にして氏名欄に右三字を記入しているところから見て無学文盲に近い人で漸く右三字を記したものと認められ第二字は字劃の位置適切ではないけれ共「ン」と判読可能であるから「キンエ」と書いたもので従つて藤井候補の名「キンエイ」を縮めて書いた正に同候補に対する投票というべく、
(4)は横書しているけれ共「フジイキエイ」と読めるから名のキンエイの「ン」を縮めた同候補に対する投票と認められ、いずれも他に右記載に照応する氏名を有する候補者がいないので藤井候補の有効得票と認むべきものである。
(5) 「」と記載された一票。
原告はこの投票の第二字は「ヅ」でも「ジ」でもないから候補者のうち誰に投票したか確認出来ないと主張する。
然し東北地方に於ては「シ」と「ツ」、「イ」と「ヱ」の発音を誤る人が多いことは当裁判所に顕著な事実であつて本票は「フジイ」と書くべきところを東北人の発音通り「フツエ」と記載したものであることが認められるから藤井候補の有効得票である。
(6) 「」と記載せられた一票。
本票は選挙会で判読不能として無効としたのを本件裁決に於て「金栄」と判読可能なりとし藤井候補の有効得票としたものである。
然し本票は裁決の様に「金栄」と判読するのは無理で「」とも「」とも「」とも読めるのであつて候補者中金の字を附した氏名を挙げると
山田金次郎
斎藤金治
小熊金之丞
藤井金栄
の四名が居つて何人の名に最も近いかといえば「金栄」よりも「金次郎」を草書体で書いた場合、「金之」と書いて丞を書き誤つたものに近似すると認められ正に何人に投票したか確認し難いものとして無効票とするのが相当である。
(7) 「」と記載した一票。
選挙会で無効と決定し裁決が藤井候補の得票としたものであるが原告は本票の第二字は「ツ」又は「シ」で「ン」ではない。第三字は「人」又は「ト」であるから何人に投票したか確認不能の票であると主張する。
然し本票も稚拙な筆致ではあるが之を良く見れば平素文字に親しまない人が「キンイ」と書いたものと判読出来るのであつて「キンイ」が藤井候補の名「キンエイ」を訛り縮めたものであることは前認定の通りであるので本票は藤井候補の有効得票である。
(8) 「ふじときん」と記載した一票。
原告は第一字は「ふ」とも「小」とも見え第二字は「ぐ」とも「ゞ」とも読める。裁決は「ふじきん」と読んでいるが然らば第三字は他事記載である。「小ぐときん」と読めば候補者には小熊金之丞がいるからその氏名を書こうとして「ま」を誤つて「と」と記したとも見れると主張するに対し被告は本票は「ふじいきん」と書かんとして「い」を誤記したものと認められ「ふじ」と「きん」が明らかであるから「藤井金栄」の得票であると主張するので考えるに本票の記載は「ふじときん」と読め、第三字は原告の主張する様な「ま」の誤記とは認められないと共に被告の主張する「い」の誤記とも認めることは出来ない。
「ふじときん」は即「藤」と「金」で候補者「藤井金栄」の第一字と第三字を書いた様にも見えるが他方候補者中に斎藤金治が居ること前示の通りでこの第二字、第三字をとつても「藤」と「金」でありその何れに投票せんとしたか確認し難いのみならず候補者の氏と名の各一字をとつて之を「と」なる接続語を以て結ぶ如き正に典型的他事記載と認むべくこの点からしても本票は無効投票と認める外ない。
(結論)
以上認定したところにより本件候補者の有効得票を計算すると
候補者渡部養蔵は裁決に三票を加えて 百二十五票
候補者伊藤貞信は裁決から一票を減じて 百二十五票
候補者藤井金栄は裁決より二票減じて 百二十四票
が夫々の有効得票となり候補者渡部と伊藤は同一得票で抽籖により当選を決定する場合に該当するのに本件裁決は投票の有効無効の判断を誤つて当選人渡部養蔵の有効得票を百二十二票としてその当選を無効としたのは違法であるから被告委員会が昭和三十七年二月九日なした裁決を取消すこととし訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 小野沢龍雄 佐竹新也 篠原幾馬)
(別表)
当落の別
候補者氏名
有効得票数
選挙会決定
裁決
当選
畠山太郎
三四六
三四六
〃
石川定雄
二六六
二六六
〃
小玉藤美成
二四七・一八三
二四七・二〇〇
〃
小野巌
二一七・三七〇
二一七・三七〇
〃
斎藤久一
二一五
二一五
〃
工藤健太郎
二〇八
二〇九
〃
鎌田鉄之助
二〇七
二〇七
〃
畠山立太郎
二〇四
二〇四
〃
北島義則
一九五
一九五
〃
小野正一
一八五・三一六
一八五・三一五
〃
小野久米之助
一八二・三一四
一八四・三一三
〃
三戸俊治郎
一八一
一八二
〃
畠山雄太郎
一七四
一七二
〃
松田林治
一六八
一六九
〃
小玉喜市
一六六・八一七
一六四・八〇〇
〃
山内金次郎
一六二・五四〇
一六三・五三四
〃
北島賀七
一五七
一五七
〃
斎藤金治
一五五
一五六
〃
小熊金之丞
一四七
一四七
〃
山内作治
一四二・四六〇
一四二・四六五
〃
小柳三代男
一三四
一三五
〃
渡部養蔵
一二四
一二二
〃
伊藤貞信
一二四
一二六
〃
藤井金栄
一二三
一二六
落選
伊藤銀之助
七九
七九
合計
四、五一一
四、五一七・九九七
投票総数
四、五六一
四、五六六
有効投票
四、五一一
四、五一九
無効投票
五〇
四七
(別紙写真省略)